2009年07月04日

ナナシーの日

 7月4日、ナナシーの日は、パチプロ田山幸憲さんの命日で、今年も縁りの人、ファンの人が八柱霊園に集まりました。不思議なのは、梅雨の真っ只中というのに、これまで一度も雨が降ったことがないことで、午前中曇っていた空も、午後になると雲の切れ間から青空も見えました。
 田山さんが亡くなって8年経ちますが、今年は12名集まりました。毎年少しづつ多くなっているようです。
 みんなで八柱駅近くの居酒屋で飲んで、ボーヤの車に乗せてもらって用賀に戻り、ボーヤ、ルーシー、モデル小野、デイトレーダーと「とり八」で1時過ぎまで。楽しい一日でした。



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2009年05月09日

便秘と下痢

 次の日、パロから車で1時間ほどのティンプーへ移動。
 ティンプーはブータンの首都で、大きさは熱海ぐらいでしょうか。

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 本当は、今日から標高4200メートルのジャンゴタンを目指してトレッキングする予定だったんですが、昨夜から美子ちゃんが下痢と嘔吐を繰り返し、今朝になっても治りません。
 逆に僕は、もう4日間も便秘。トレッキングは中止にしました。

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パロのホテルより少しマシなドラゴン・ルーツというホテルへチェックイン。


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ブータンのホテルは、基本的に風呂がありません。
シャワー・ルームには、電気で温めるお湯のタンクがありますが、すぐなくなってしまいます。


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ワンチュクさんに案内してもらって、ティンプー市内の病院へ。


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大丈夫かなぁ……。


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美子ちゃんは薬を飲んでホテルの部屋で寝ています。
僕は1人でティンプー市内を散歩。ここは時計台広場ですが、人がほとんどいません。


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民族衣装を着た子供たち。かわいい〜。
クズザンポー(こんにちわ)


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これは映画館ですが、今日は開いていません。


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鍵をいっぱい付けた商店。
だんだん路上観察みたいになってきました。


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あそこはマンションでしょう。


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ビルを建設中です。


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唐辛子。
これがものすごく辛いんですが、ブータンの人たちは平気みたいです。


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人より犬の方が多いです。


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僕の便秘はまだ続いていますが、美子ちゃんの下痢は治まりました。
でも、またいつ再発するかわからないので、日本に帰ることにしました。


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5代続くブータンの国王。


 もうくることもないでしょうが、国民のみなさんがいつまでも幸福であることを願って、さようなら。
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2009年05月08日

タクツァン僧院

 次の日、ブータンのガイドブックには必ず載っているタクツァン僧院に行くことにしました。

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まわりはまるで山形の山々のような感じです。
タクツァン僧院までは、2時間ほど山を登らなければ行けません。


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一匹の野良が僕らにくっ付いて一緒に登ります。


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美子ちゃんとガイドのワンチュクさん。


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おお、タクツァン僧院が見えてきた。


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頂上でひと休み。


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山並はるか。


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経文を書いた旗がいたるところに。


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野良はズッと離れない。


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ここでもすでに標高2800メートル。空気がやや薄い。


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タクツァンとは「虎のねぐら」という意味らしい。
でもよくこんなところに。


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今度は下ってまた登る。


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野良と美子ちゃん。


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荷物を積んだ馬が勝手に登ってくる。
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2009年05月07日

国民総幸福量のある国

 GNP、すなわち国民総生産ならぬ、国民総幸福量(GNH)を政策の指針にしている国と聞いて、ブータンに行ってみることにしました。
 出発は4月25日、連休を利用しての13日間の旅行です。
 成田を午前10時ごろ出発し、バンコクに現地時間の3時ごろ到着。

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バンコクに来るのは10年振りくらいで、その間に空港が替わっていました。


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バンコク市内のホテルにチェックイン。
ものすごく蒸し暑かったけど、頑張ってホテルの回りを探索してみることにしました。
ブータンも王国ですが、タイも王国でしたね。


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デパートの前で、女子高校生たちのパフォーマンスが行われていました。
ボリュームいっぱいの音楽で踊ります。見てる人たちも女子高校生が多いみたいです。


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次の日の朝6時半の飛行機で、ブータンへ。
ブータンのパロ国際空港へお昼前に到着。青森空港みたいでした。


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さぁ、どんなブータンの旅が始まるのやら。


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 空港にはガイドのワンチュクさんが迎えに来てくれていました。ブータンに観光に行く場合、必ずガイド、及び運転手が付くことになっています。
 ワンチュクさんの案内で、ブータン第2の町パロをサイトシーング。町は、野沢温泉ぐらいな大きさです。

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毎週日曜日、昼ごろまで開かれているマーケットへ。


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売っているものは野菜が中心。
肉はほとんど売ってません。ブタの腸詰めぐらいです。


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パロの繁華街。本屋さんは1軒もなかったですね。


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昼食を食べたレストランから外を見た写真です。
ちなみに昼食は、スープ、パサパサのブータン米、ベタベチャ焼そば、アスパラを塩茹でしたもの、
牛肉の塩煮込み、キクラゲ、バナナ、ネスカフェ。


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パロ市内のホテルにチェックイン。


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ホテルからの景観。風が気持ちいい。


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景色に犬を写し込んで……と、
ついつい「いい写真」を撮ろうとしてしまいます。


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なんだか、僕が生まれた岡山県の山奥の村を思い出すなぁ。


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どこに行っても野良犬がウヨウヨいます。
野良で生まれて野良で育ち、野良で死んで行く生っ粋の野良犬たち。


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懐かしい1本道。
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2009年02月06日

10年周期

 今日は美子ちゃんのお父さんの1周忌で、前回このブログを書いてからもう1年経ちますが、みなさんいかがお過ごしでしょうか?

 僕はだいたい10年周期で精神状態に変調をきたすようで、それに伴って何らかの事件が起こったりしているようです。振り返ってみると10年前に妻の元から家出し離婚、20年前にギャンブルやら不動産投資にはまり3億円の借金で二進も三進もいかなくなり、30年前に最初に作った雑誌が発禁になって初めて警察のご厄介になり、40年前に童貞を喪失し、50年前に疫痢にかかって死にそうになっています。まぁ童貞喪失と疫痢は精神状態と関係ないかもしれませんが。

 ということで、6回目の10年周期がこの1年だったわけですが、その周期に逆らうことができず、とてもまともに仕事ができるような精神状態ではなくなり、昨年10月から3カ月間仕事を休んでいました。
 その間1週間ほど出雲、岡山あたりを旅行していたのですが、岡山のひなびた温泉宿のテレビを見ていると、金融崩壊で株価が暴落するニュースをやっていました。自分がムチャクチャになる前に、世界がムチャクチャになっていたのでした。

 そのせいか、休暇を取ったせいかはわかりませんが、妙に気分がスッキリして、このブログも再開しようと思った次第です。

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美子ちゃんはお父さんの昔の写真をアルバムに貼る作業を続けていました。
その写真の上に乗っているのはねず美ちゃんで、
まるで置物のようなのであわててカメラを持ってきて写しました。


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ついでにたびちゃんもパチリ。こちらも置物のようです。
精神状態がよくないと、ついつい猫が羨ましくなったりします。
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2008年02月14日

お父さんの思い出

2月14日(木)

 6日の午前12時20分、昭和大学病院で美子ちゃんのお父さんが亡くなった。

 本当は救急車の中で、すでに亡くなっていたかもしれない。
 救急車の中で、2人の救急隊員は必死で人工呼吸と酸素吸入をしてくれていた。
 美子ちゃんは泣きながら「パパ、パパ」と言って足をさすっていた。
 僕も泣いた。

 6日の午後、お父さんは病院の霊安室から桜新町のマンションに帰ってきた。
 ベッドに寝かされたお父さんは、顔の色艶もよく、まるで眠っているようだった。
 お母さんは、亡くなった気がしないと言っていた。
 お父さんは映画の録音技士だった。その時代の友達が2人来てくれて、昔の話をしてくれた。
 「どんな人でも差別しない人でした」と言う言葉が印象に残った。

 お父さんに最初に会ってお酒を飲んだのは、いまから10年ほど前のことだ。
 美子ちゃんと僕が一緒に住み始めた頃で、僕らは俗に言うダブル不倫だったから、美子ちゃんは両親にそのことを言ってなかった。
 しかしついに、美子ちゃんの両親に言わなければいけない日が来たのだが、僕はお母さんよりお父さんの方が恐くて、緊張しながら美子ちゃんの両親のマンションに行った。一人娘の交際相手が、どこの馬の骨かわからない50近いオヤジで、子供はいないが女房持ちである。どんな父親だって歓迎するわけがないだろう。
 いきなりその話を切り出すわけにもいかないから、僕は「美子ちゃんをお世話している出版社の人」ということにして、お母さんの手料理をご馳走になりながら、お父さんとお酒を酌み交わした。
 ころ合いを見計らって、美子ちゃんが「いま末井さんと暮らしているんです」と言った。一瞬場が凍り付いたようになり、お母さんは震え出し、美子ちゃんは泣き出し、お父さんのお酒のピッチが急に上がった。
 しばらくしてお父さんが僕の耳元で「オ○○コしたのか?」と小さな声で聞くから、「えっ!」と思ったけど「はい」と答えた。
 お父さんはグデングデンに酔っ払ってきて、「どう? 具合はよかった?」とか言っている。ムチャムチャなお父さんだと思ったけど、僕の緊張はいつの間にか解けていて、2人でどんどんお酒を飲んだ。優しい人だと思った。

 それから、僕らは近所に引っ越してきて、僕はお父さんと友達みたいに付き合わせてもらっていた。

 12月30日の競輪グランプリに僕が誘い、2人ともボロボロに負けて立川競輪場から帰って来がけに、「ちょっと飲んで行きますか?」「そうだね」ということで、用賀の居酒屋に入った。お父さんはモロモロの病気を抱えていて酒を止められていたけど、2人で3合も飲んでしまった。
 お父さんは、お母さんと出会った頃の話をし「こんな話をするのは初めてだね」と言って、ちょっとテレくさそうに笑っていた。これが2人で飲む最後のお酒になった。

 7日は美子ちゃんとスタジオに行き、遺影に使う写真を2人で選んだ。
 美子ちゃんが『たまゆら』でお父さんの女装写真を撮ったとき、「これを遺影に使ってくれ」とお父さんが言っていたらしいけど、いくらなんでも女装写真じゃマズイんじゃないかということで、9年前の僕の誕生日のとき撮ったごく普通の写真にした。

 9日は桜新町式場でお通夜だった。式の準備は、美子ちゃんのお兄さんご夫妻に全部任せた。
 お父さんと親しかった人だけを呼ぶ密葬にしたけど、70人ぐらいの人が弔問に訪れてくれた。
 夜になって雪が積ったので、帰る人が転ばないか気になったけど、ドラマチックな感じがした。

 10日は昨日とはうって変わって暖かい日で、昨日の雪もほとんど溶けていた。
 葬儀を終え、代々幡斎場で遺骨にしてもらい、初7日の法要を終え、遺骨は家に帰ってきた。
 遺骨を置いた祭壇を見て、何か映画の画面が次々替わっていくような感じがした。
 その夜は、美子ちゃんはいつまでもお父さんの話をお母さんとしていた。

美子ちゃんと葬儀会場に向かう
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綺麗に花で飾られた
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夜になって雪になった
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お父さんのように生きることを誓った
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2008年02月04日

いち、にぃ、さん

2月4日(月)

 この前年賀状書いたと思ったら、もう2月です。まぁ年賀状書くのが遅かったんですが。

 2月1日は阿佐ヶ谷のLoft Aで末井昭責任編集Vol.2「シュルレアリスム落語宣言」というイベントがありました。
出演は平岡正明さん、快楽亭ブラックさん。
 昨年の5月頃、平岡正明さんから「これ本にしてください。よろしく」と言ってドサッと原稿の束を渡され、原稿も見ないまま「はい、わかりました」と言って受け取ったんですが、そのあと3カ月ほど途方に暮れておりました。
 原稿は落語論だったんですが、あまりにも枚数が多過ぎて1册になるかどうか、その前に企画が通るかどうか、どういう構成にすればいいのか、タイトルはどうしよう、あれこれ悩んでいて上杉清文さんに相談したら「イリュージョンに対抗するにはシュルレアリスムしかないでしょう」と言われ、パッと目の前が開けたような気になって、タイトルも「シュルレアリスム落語宣言」に決まったわけです。それから原稿打ち込みの毎日、これが結構きつかった。なにしろ1500枚ぐらいあるんですから。
 最後にもらった原稿が快楽亭ブラック論でした。あの借金地獄の、あの放送禁止落語の、あの生死の境を彷徨ったブラックさんを「ブラックはいい」と平岡さんが言うので、ブラック・ファンの僕は嬉しくなって、「じゃあ対談しましょうか」ということで、本の最後にお2人の対談を入れることにしました。
 まえがきは上杉さんに頼みました。装丁を南伸坊さんに頼んだら、金魚がシャボン玉を飛ばしている国芳の絵を使ったシュールで落語っぽいいい装丁が上がりました。上杉さん、南さん、どうもありがとう。
 ということで、760ページの「シュルレアリスム落語宣言」がやっと完成したんですが、それを記念してこのイベントをやることになったわけです。
 司会をしないといけないので憂鬱な気分でLoft Aに行くと、店長の奥野さんが「チケットは10枚しか売れてません」と言うので「これはマズイ」と思いました。せっかくブラックさんにも来てもらうんだから満員にしないと。呼び込みでもしようかと思ったりしたんですが、お客さんが続々来てくれて立ち見のお客さんも出るほどで一安心。来てくださったみなさん、ありがとうございました。
 トークショーのあと、ブラックさんが「道具屋・松竹篇」を演ってくれて、会場がかなり盛り上がりました。イベントが終わって、みんなで飲みに行って、この半年間の肩の荷がやっと降りたような気分になりました。あとは売れてくれることを願うだけです。
「シュルレアリスム落語宣言」は2月5日全国発売です。定価は2800円+税とちょっと高いですが、平岡さんの落語論が50本入っていて、かなり読みごたえがあります。平岡さんは落語は全部CDで聞いて書いているので、この本に出てくる落語が聞きたくなったらCDで聞ける、という利点があります。僕も校正しながら志ん生と馬生の「文七元結」を聴きたくなったりして、落語のCDを何枚か買いました。

 2日はシアター・イメージフォーラムで麿赤児さん、岡田憲治さんとのトークショーがありました。
 麿赤児さん率いる大駱駝艦の夏期合宿をドキュメントした岡田憲治監督の「裸の夏」という映画がシアター・イメージフォーラムで公開されていて、映画終了後のトークショーです。DVDでは一度観ているんですが、大きい画面で観たくて6時半頃行ってみると、あれれ、満席です。
 僕は大駱駝艦の舞踏が好きで、このところ毎回観に行っているのですが、大駱駝艦の舞踏は「神の子の踊り」と思っています。予習のために読んだ「R25」の麿さんのインタビューに、『大駱駝艦の踊りは独特だ。人は普通、何か目的を持っていろんな動作をする。赤ちゃんのときにはまったく意味のない動きをするけれど、成長するにしたがって自然に、無駄なことはしなくなる。その淘汰されていく“目的のない身振り”に、麿さんちの踊りの本質があるという。』と書いてありましたが、確かにその通りで、僕らは社会からヘンに思われない動き、意味がある動き、合理的な動きしかしていません。つまり動きを束縛されているわけで、動きが束縛されると同時に苦悩も背負い込むんじゃないかと思ったりします。
 聖書的には、神は人間に幸福を与えたわけで、苦悩を与えたわけではありません。苦悩は人間が勝手に作り出すもので、苦悩を背負い込むことで人間はだんだん笑わなくなるんじゃないかと思うわけです。大駱駝艦の舞踏はそれを解放してくれて、ゲラゲラ笑ってしまうんですね。他のお客さんはあまり笑わないから、ゲラゲラではなくクスクスぐらいですが。テレビのお笑い番組を見ても、笑わすことの意図が見えてしまって笑えないんですが、大駱駝艦の舞踏は予期しない動きが随所にあって、思わず吹き出してしまうんです。
「神の子の踊り」というのは、神が最初に人間に与えた動きとはこんなに自由なものだったんだと思うからそう言ったまでのことですが。
 まぁ、そういうことを喋ろうと思ったりしていたわけですが、話下手なので上手く喋れなかったわけです。
 終わったあと麿さん、新船さん、芳野まいさん、優子ちゃん、美子ちゃんと食事に行って、麿さんの話でゲラゲラ。麿さんといると本当に楽しい。
 映画「裸の夏」は、合宿に参加した人達が麿思想を注入され、踊りを習い、金粉舞踏公演をするまでをジックリ撮ったもので、自分も合宿に参加しているような気分になりました。シアター・イメージフォーラムでまだ上映中ですから、ぜひ観てください。

 3日。10時頃起きて外を見てビックリ。雪でした。
 昨日スーパーで買った豆まきセットの鬼のお面をかぶり、雪の中に出て、美子ちゃんが「鬼は〜外」。僕はこの節分で厄が解けるそうです。

平岡正明著「シュルレアリスム落語宣言』
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「道具屋・松竹篇」を口演する快楽亭ブラック師匠
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トークショーが終わって。麿赤児さん、岡田憲治監督と
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鬼は〜外
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2008年01月07日

新年にあたって

1月6日(日)

 明けましておめでとうございます。

小田急線から見た富士山
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 もうだいぶ日記を書いていないので、ここをクリックしてくれる人もいなくなったんじゃないでしょうか。新年になったのを機に、心を入れ替えてなるべく書こうと思っています。

 大晦日から湯河原の阿しか里という旅館に行きました。3年前から毎年行っているので、仲居さんも覚えてくれていて、何か親戚の家に行ったような気分でした。
 ゆっくりできたかというとそうでもなく、2日に美子ちゃんと近くの神社に初詣に行き、そのまま2人で歩いて湯河原の海を見に行ったきりで、あとは部屋にこもって2月5日に発売になる平岡正明さんの『シュルレアリスム落語宣言』の校正。なんと760ページもある本なので、1日では終わらないだろうと思っていたけど、1日どころか毎日やっても半分しか終わらず、100枚持って行った年賀状は1枚も書けなかった。箱根駅伝も見ないで、ひたすら校正の正月でした。
 
 今年はねずみ年、僕は年男で、今年還暦です。体は年相応にだいぶガタがきていて、美子ちゃんがよく言う「体のメンテナンスを考えないといけないよ」なんだけど、精神的には60になる実感がまったくなくて、あれもしたい、これもしたいと、したいことだらけで、体が付いてきてくれるかが心配です。松田義人君は「末井さん、ストリーキングやりましょう」なんて言ってるし。

 占い師の人に、今年は運気が上昇する年と言われているので、なるべくいろんなことをやってみようと思っています。別の占い師の人も、やはり同じことを言ってくれたのでその気になっていますが、最後に余計なことを言われて寂しい気持ちになりました。「最後の運気ですよ」だって。

 とりあえず、『シュルレアリスム落語宣言』を発売日に間に合わせることが先決です。2月1日には阿佐ヶ谷のLoftAで「シュルレアリスム落語宣言」というトークショーを、僕の仕切りで行います。出演は平岡正明氏と快楽亭ブラック師匠。放送禁止用語連発で、出禁になっている劇場多数のブラックさんですから、どんなトークショーになりますやら。『シュルレアリスム落語宣言』の先行発売もします。
 そのあと出したい本が3册あるのですが、まだ確定していないので秘密です。
 3月には自分の本『愛のドロドロ 金のボロボロ』を出す予定で、これは毎週リリー・フランキーさんのサイト「ロックンロールニュース」で更新しているのをまとめるわけですが、それじゃあ足りないので追加で書かないといけません。時間あるかなぁ…。

「最後の運気」でいろんなギャンブルにも手を出してみたいんですが、年末の競輪グランプリはボロボロでした。伏見俊昭選手、優勝おめでとうございます。悔しいけど。
 株もボロボロ。さらに、1月4日にニューヨークの株価暴落を受けてさらに下がりました。世界恐慌の噂も出ています。どうなるんだろう? 株って不安を買っているようなものなんだけどね。

 最後になりましたが、みなさんの御多幸お祈りしています。
 今年もどうぞよろしくお願いします。

阿しか里から見た龍のような雲
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阿しか里恒例、餅つき
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2007年10月16日

岩盤浴

10月9日(火)

 10日ほど前から(パチンコのやり過ぎで)腰痛がひどくなって、椅子に座っていても痛いし、もちろん立っているのも辛い。一番いいのは寝ていることだけどそれじゃあ何もできないから、東北の温泉に療養に行こうということになった。
 温泉の手配は美子ちゃんがやってくれて、玉川温泉に2泊、藤七温泉に1泊、鶴の湯に1泊ということになった。紅葉シーズンだからか、連泊できるところがなくてこうなったのだが、1ケ所に長くいるより楽しめる。いや、楽しむために温泉に行くわけではないけど。でもまぁ、楽しいほうがいい。
 昨日、美子ちゃんと新幹線で盛岡まで来て、レンタカーを借りて玉川温泉に来た。玉川温泉といえば岩盤浴で有名で、ガンが治った人もいるらしい。ガンも治るんだったら、腰痛ぐらいすぐ治るかもしれない。しかし……昨日はあいにくの雨。雨でも雪でも岩盤浴している人がいるけど(僕らはこれまで2回玉川温泉に来ていて、2回目は雪に被われた去年の12月だった)、僕らはそこまでの積極性はない。ということで、昨日はのんびり温泉に入ってくつろいで、雨がやんだ今日、岩盤浴にでかけた。
 地獄谷と呼ばれているその場所に行ってみると、おお、あっちにもこっちにも人がゴロゴロ。硫黄ガスが吹き上げている危険地帯にもゴロゴロ。2つある岩盤浴ができる小屋には行列までできている。
 こういう状態だと、地熱が熱い場所はすべて埋まっているのではないかと思ったけど、いい場所が幸いに見つかったので、ゴザを敷いて美子ちゃんと並んで寝る。
 最初にここに来たとき、やはり美子ちゃんと並んで寝ていたら、そばで寝ていたオバサンから「ガン細胞は42度で死にますから頑張ってください」と励まされ、健康な僕らがここに寝ているのは申し訳ないというような気持ちになったが、まさか自分がガンになるなんてそのときは思ってもみなかった。
 今回は腰痛だし、一応ガンも体験しているので、堂々と、というのもヘンだが、寝ているみなさんと同じ境遇のような気持ちで岩盤浴をした。
 地面から伝わってくる熱を体で感じながら空を見ていると、自分が自然と一体になっていくような感じになってくる。いまこの火山が噴火したら、ここにいる僕らはみんな死んでしまうだろう。自然から見れば、人間なんてちっぽけなものだ。「ちっぽけなもの」という気持ちを忘れているのが問題なんじゃなかろうか、なんて考えながら空を見ていた。

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2007年09月27日

老人になるのも悪くない

9月23日(日)
 
 上野の東京国立博物館の敷地に一角座という映画館がある。
 映画「ゲルマニウムの夜」(大森立嗣監督)の公開をきっかけに、荒戸映画事務所の荒戸源次郎さんが建てた映画館で、最近この映画館によく通っている。最近のラインナップは「愛欲の罠」「毛の生えた拳銃」「裏切りの季節」「荒野のダッチワイフ」「ツィゴイネルワイゼン」「陽炎座」などだが、「ツィゴイネルワイゼン」「陽炎座」以外はみんなピンク映画だ。僕は「毛の生えた拳銃」以外全部観た。東京国立博物館という公で超コンサバな場所でピンク映画を観るというスリルもあるけど(よくこういう映画を上映していると思う。東京国立博物館は偉い!)、映画としてみんな面白い。果たしてピンク映画といえるかどうかが微妙なところで、「じゃあなんだ」と言われると困るが、便宜上芸術映画としておきましょう。ちなみに、監督はあの大和屋竺である。
 映画だけでなく土日には、秋山道男、荒戸源次郎、麿赤児、上野昂志、菊地成孔、上杉清文…といった方々のトークショーも付いている。
 ということで、今日も一角座へ。本日の映画は河内紀さんの「のんきに暮らして82年〜たぐちさんの一日〜」と「八ヶ岳山麓 地下足袋をはいた詩人」の2本立て。といっても、これはテレビ東京で放映されたドキュメンタリー作品なのだが、映画館で観ると最初っから映画として作った作品のように見える。
 このごろテレビをあまり見ないのだが、こういう作品があればテレビも捨てたものではない。「のんきに暮らして82年〜たぐちさんの一日〜」を観て、老人になるのも悪くないと思ったりした。
 トークショーは、河内紀さん、秋山道男さん、南伸坊さんで、河内紀さんは御歳67歳なのにキラキラした少年のような眼をしていたのが印象に残った。
 荒戸源次郎さんに誘われて、打ち上げにも参加させてもらった。二次会は桜新町の飲み屋さん。酒と食べ物ともにおいしい。
 この飲み屋さんの真ん前が、美子ちゃんの両親が住んでるマンションだった。お父さんは酒が好きなのだが、糖尿病その他で禁酒中。病気じゃなかったらこの店で一緒に飲みたいと思った。そういえば、お父さんも「のんきに暮らして82年」である。

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